読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

内田百間と野良猫の子(決定稿)

内田百間と野良猫の子

作家の内田百間は「ノラや」という猫に関する著作物で知られているが、妻であるこひさんによれば、特に猫好きというのでもなかったようだ。例の“ノラ”と呼ばれる猫への接し方も、そばに来ると耳を裏返したり、尻尾を引っ張ったり踏ん付けたり。可愛がるというよりからかうというのに近い。ただ、この猫が病気などすると話は別で、まだ軒を貸してやっている野良の子に過ぎない頃でも、ただの風邪なのにコンビーフをバターで練ったものに卵をかけ、人肌に温めた牛乳を添えて与える。寒い頃だったからウィスキーの空き瓶にお湯を入れたものを湯たんぽの代わりにみかん箱に入れてやる。看病のつもりでしきりに抱いてあやす。百間は小鳥好きでも知られているが、小鳥が病気をしてもこんな風にする。彼は生きものが弱ってゆくことに耐えられない性分なのかも知れない。

猫は小鳥を狙う。ノラも例に洩れず彼の小鳥を狙ったのだが、この猫は叱りつけると二度と悪さをしなかった。一度ですっかり懲りて、以来小鳥のいる座敷には決して上がらない。百間が執筆を終え、座敷で晩餐が始まると、ノラは板の間の処に行儀よくちょこなんと座る。彼の定位置で、そこでおすそ分けが来るのを辛抱強く待つのである。

三畳御殿と呼ばれる、百間邸。出来てすぐの昭和20年代は未だ、百間は猫を飼っていない。ノラのことを最初に百間が執筆したのは、ずっと後の昭和31年1月の小説新潮掲載の随筆である。彼らしからぬ、猫への愛があふれた可愛らしい文章になっている。当の随筆によると、ノラは百間邸の外の世界を知らなかったらしく、彼の妻が所用で外出する時、門のところまでついてゆき、門の入口から一歩も出ずに彼女を待っている。しばらくして戻って来ると、まだそのままの恰好で座って待っている。猫の忠犬ハチ公のようだ。

続・内田百間と野良猫の子

内田百間の著作に「贋作吾輩は猫である」がある。死んだはずの吾輩の麦酒の酔いが覚め、甕から這い上がるところから始まる。池を廻って辿りついたところが五沙弥という酒好きの大入道の家。奇天烈な小説である。

本作の執筆開始は、日記が紛失して判らないが、昭和23年秋のことだという。この時代の百間が猫を飼っていないことは、戦後日記を丹念に読んだり、年代順に随筆を読んだりしてゆくとわかる。百間は大の小鳥好き。常に小鳥を飼っていたから、猫など危なくて飼えるわけがないのだ。ファンの間では猫好きのように言われている彼だが、邸で飼ったのは失踪してしまったあの“ノラ”という猫と、ノラの失踪直後に居着くようになった“クルツ”だけである。思うに彼にとってノラやクルツはもはや猫ではなく、家族そのものであった。だからこそノラが居なくなれば新聞広告を出し、巷に猫探しのチラシを配り、死に物狂いで探し回った。猫さらいに連れて行かれたのではないかとノラの消息について聞かされた時には、半狂乱になって泣きくずれた。ノラが見つかったと聞くたびに泣いて喜び、それが猫違いだったと聞いて、枕に突っ伏して泣く。百間は想像力が人並み外れて豊かなのだ。だからノラが今どんな状況下にあり、どんな目に遭っているか、人から話を聞くだけで具体的に想像できてしまうのではないだろうか。

今日も何もせず、ノラの帰宅を待つ。じっと待っていると、自然と目から涙があふれてくる。ノラは見知らぬ土地をさ迷っているに違いない。邸では今年も吉野が咲き出した。ゆすら、雪柳、木瓜、山吹、桃。みんな咲くのだ。だがノラは帰らない。猫の子を譲りますという人がいる。有難いが断った。我が子がいなくなったからといって、すぐさまよその子を貰う親がどこにいるだろう。百間にとってノラは我が子なのだ。