読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日までの涙が何かに変わる事はないし、

誰かの何かを変える事など出来る訳がない。

どんな事情があっても、理由があっても

彼の人が言う相手の捉え方ひとつで、結局は、

全てが決まってしまう。

病名を付けてもらっていないだけで

きっとあたしという存在は

病気、内示は疾患に

他ならないんだろうなと思う。

でも、結局は病名が付いたところで

理解する気もないだろうから何の意味も無い。

若いから病気にならないとは限らない。

生まれ持った病気もあるかもしれない。

遺伝や血筋かもしれない。

でも、

自分の年齢を話題にして自分の話をするのは

頭がおかしいと言う捉え方。

犯罪者まがいの家族も同類と言う捉え方。

どうせ体調が悪いのは嘘だという捉え方。

自分は発達障害かもしれないという事実も、

親族は精神科に通い

障害者手帳を貰っている事実も、

毎日、毎日、薬で体調不良を誤魔化して

黙っている事実も、

そして何より

そうやって言っている人達が当たり前に出来る

通院や治療が働いていても

貧乏による生活苦で受ける事さえ出来ない事実も、

それにより難聴で会話が聞き取りにくい事実も、

聞き取りにくいが故に会話が成り立たない事実も、

病気が原因だろうケアしても改善されない

口臭や体臭に悩まされ続けてる事実も、

全部、ぜんぶ、理解出来ない。という捉え方。

嗚呼

こうやって世間から孤立させられた人達は

社会的問題になってるいずれかに当てはめられ

さらにまた孤立していくんだなぁと実感した。

そして、あたしもまた孤立の道を選ぶけど。

薄々気づいてはいたんだ。

人に関わらずに生きなければならないこと。

生涯、唯一の大事な人も

きっと同じ反応をするんじゃないかなって

ぼんやり思う。

※同時掲載中