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いちごケーキ

日曜日、地元のボランティアグループの年に一度の会合。バスに乗ってゆく。バスを降りてから川べりを少し歩く。いい天気だった。

今年の寄付のこと、秋のバザーのことなど、相談。もう20年ほども支援を続けてもらっていて、信じがたいようなありがたさですけれど、なかなか予算もないなか、今年も私は無理を言って、あるだけ全部、ほどの金額を寄付してもらえることになった。

よかった。これでなんとか、新学期前の送金のめどがたった。円安が少しつらいけど。

助けてくださるみなさま、ありがとうございます。

パアラランのHP http://www.fureai-ch.ne.jp/payatas/

外を歩いたせいかな、こないだからの咳とか喉の痛みとか、ひどくなったり、暑かったので腕まくりをした腕のところが、湿疹で真っ赤になったりしている。このところ黄砂で空気が粉っぽい感じがする。

いちご最盛期。日曜日155個。月曜日125個。

模擬試験で、きっとがっかりしょんぼりして帰ってくるだろう息子のために、いちごケーキつくった。案の定がっかりしょんぼりして帰ってきた。

数学はケアレスミスがたくさんすぎる。英語はリスニングが苦手。社会だけはさすがで、一問だけ間違ったのが、悔しいらしい。

国語は、長文読解が難儀らしい。「他人の気持ちなんかわかるわけない」と言う。その通りだけど。

でも、現実世界の、他人の気持ちの分からなさ、に比べたら、国語の問題文なんて、見えない気持ちを、文章という分かりやすいかたちにして見せてくれているわけだから、どれほど簡単なことか。

と思うよ。……と息子に言ったあと、いろいろ思い出した。

私は、国語の問題は、自分が選んでしまう答えと、正答とのズレが、どんなふうなのかを注意して見ているうちに、だんだん、このあたりの感覚で答えればいいなというチューニングがあってきて、迷わなくなり、飛躍的に点数がとれるようになった記憶があるけど、

現実のほうは、もうわけがわからなくて困惑しつづけた。高校生の頃、大学生の頃、日記を書いたり小説を書いたりしてたのは、わからなくて困りすぎたからだった。

書いたら、わかるかしら。

人間関係のわけわからなさを、記録しつづけてみて、でもその労力の果てにわかるのが、所詮エゴイズムにすぎないようなものだったりして、いっそう途方にくれた。

希望が見えなくて、つまんなかった。

この世に生きて、何を望んでいるかといったら、敬愛できる人に出会いたい、ということだと、敬愛できる人に出会えて、はじめてわかったことだったけど。

パヤタスで、レティ先生に出会えたことは本当によかった。この人と一緒に生きてみたい、と思ったときに、この世で安心して生きていける気がした。

国語の問題も、どんなふうに生きたいかということも、きみのかわりに、わかるということはできないので、きみはきみで、わかっていくよりしょうがないんだけど、とりあえず、いちごケーキぐらいならつくってあげられる。